こんばんは。
いい天気が続きますね~。
バイク日和ですw
先週末に、秋月にちょっくら出かけてきました。
IMG_0529 posted by
(C)カヨ通り沿いは、川が流れていてすごく雰囲気が良かったです!
IMG_0531 posted by
(C)カヨゆっくりと新緑の中を散歩して、川沿いのお茶屋さんで休憩。
おそばを食べました。
このかごが気になってしょうがなかったです。
IMG_0543 posted by
(C)カヨ上のお店からのものをこれで運んだりするんでしょうか?
使っているとこを見たかったです~。
その後、山道を通って、飯塚の方へ。
最近、ずっと気になっていた『旧伊藤伝右衛門邸』へと行ってきました!
IMG_0577 posted by
(C)カヨ伊藤伝右衛門とは??
筑豊の炭鉱王と言われた伊藤伝右衛門さんの旧宅が飯塚市の幸袋にあります。
この伊藤伝右衛門さんは万延元年(1860年)にこの幸袋で極めて貧困の家の長男として生まれ、大変苦労したそうです。
学校にも行けなくて字もあまり読めなかったといいます。
しかし、父、伝六の炭鉱開発をきっかけに坑主の道をすすみ、大成功をしました。
明治34年には嘉穂銀行(現、福岡銀行)取締役、同36年衆議院議員に当選し、金融界、政界に進出し、
金融機関の支援獲得や鉱業資本との業務提携を行い、先発の坑主に伍する資本基盤を固めました。
この伊藤伝右衛門さんを有名にしているのは炭鉱王よりも「白蓮事件」です。
この事件は伊藤伝右衛門さんの妻であった歌人の白蓮が七歳年下の東大生であった宮崎竜介と駆け落ちをし、
大正12年10月に『私は金力をもって女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます』という公開絶縁状を
大阪朝日新聞に 掲載した事件です。まだ女性の人権も低かった時代のことですから世間は大騒ぎしたようです。
この白蓮さんは一度結婚して子供を生んだが離婚になっており、26歳で伊藤伝右衛門さんと結婚し、
そして駆け落ち!!当時にしてはすごく強い女性ですね~。
理由はいろいろあったとは思いますが「なんだかな~??」と思います。
叩き上げの伝衛門さんと伯爵家出身の文人、白蓮さん。。。あわないでしょうね~。
まあ、伊藤伝右衛門さんも妾(めかけ)が数人いたようですからお互い様ですかね。
・・・という簡単なサワリです。
その白蓮さんが4年間使っていた部屋が旧伊藤邸で一番見晴らしが良い2階の部屋です。
IMG_0558 posted by
(C)カヨ1階には当時としてはめずらしい水洗便所もあり、 これが九州で最初の水洗便所のようです。
こういう背景を調べてみるとまた面白いですね!
とにかくお庭が広くてきれい!!なんと、敷地は7,000㎡もあるそうですよ。
ゆっくりこういう場所を楽しむ週末もいいもんです。
すてきなんで、ぜひ、いまの気候のいい時期にはおすすめです。
ちょうど端午祭があっていて、いろんなお花が飾られていてきれいでした~。
まっしろのあじさい?
IMG_0571 posted by
(C)カヨオオイシ